長谷寺(奈良県桜井市)
長谷寺は、奈良県桜井市に位置します。最寄りの近鉄大阪線長谷寺駅より徒歩で30分位の所です。11月は紅葉の季節、紅葉の中に本堂が浮かんで見える素晴らしい眺めが展開されます。
当寺の縁起によりますと、朱鳥元年(686)道明上人が天武天皇のために「銅板法華説相図」(*1)を安置したことに始まるとされます。平安時代には、源氏物語、枕草子はじめ古典文学にも長谷詣が登場します。江戸時代以降は、真言宗豊山派の総本山として、或いは、西国三十三所八番札所として著名になりました。

<画像の説明>長谷寺本堂と本尊
本堂は、徳川幕府の造営による大規模な懸け造りの建造物です。重要な観音信仰の建造物として平成16年(2004)12月に国宝指定を受けました。本尊の十一面観音は、丈三丈三尺(10m余)と大規模です(*2)。右手に数珠と錫杖を持ち、平らな岩座の上に立つ独特な像形で、長谷型観音と呼ばれています。
有名な登廊(のぼりろう)は、百八間、399段、上中下の三廊に分かれています。中央部分にある灯篭が印象的です。ここは、長谷寺の紹介に現れる最も有名なところと思います。
当寺の五重塔は、昭和29年、戦後初めて建てられた五重塔だそうです。和様の整った形の塔で、今後歴史を経て、昭和の代表的な建造物となることでしょう。五重塔の傍に、三重塔跡碑が残ります。こちらは、明治9年(1876)落雷により焼失しました。三重塔の再建では無く、五重塔の新築に踏み切ったのは、お寺様の大英断と思いますが、五重塔の写真映えは、素晴らしいと思います。(写真映えだけを云々する不心得をお許しください。)

<画像の説明>長谷寺本堂の懸け造りと登廊(のぼりろう)
鎌倉長谷寺の縁起では、大和長谷寺の開山徳道上人の本願に基づき作られた二体の仏像の内一体が大和長谷寺の本尊となり、残る一体は開眼供養を修した行基により、海中へ奉じられました。その後、その尊像が、相模国に忽然と現れ、鎌倉へ遷座され鎌倉長谷寺開創の礎になったと伝えられます。

<画像の説明>長谷寺 五重塔 遠景と近景
鎌倉長谷寺の本尊も大和長谷寺と同じく十一面観音像で、右手に錫杖を持ち、岩座に立つ像形です。高さは、三丈三寸(9m余)です。鎌倉長谷寺は、今は単立浄土宗系宗教法人となっています。鎌倉長谷寺が、真言宗豊山派ではない理由は、私には良く分かりません。
(*1)「銅板法華説相図」は、昭和38年7月、国宝に指定されました。現在は、奈良国立博物館に寄託されています。長谷寺では、その他「長谷寺経」が国宝に指定(昭和31年6月)されていますが、こちらも、現在は、奈良国立博物館に寄託されています。
(*2)像高が、立像の場合、丈六(4.8m)を超す像を大仏と呼びます。