運慶祈りの空間ー興福寺北円堂


運慶 祈りの空間―興福寺北円堂
現在、東京国立博物館で開催中の特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」では、北円堂の弥勒如来坐像、無著・世親菩薩立像に加え、かつて北円堂に安置されていた可能性の高い四天王立像が特別に展示されています。今回の展覧会の眼目は、この七軀の国宝仏が一堂に会し、鎌倉時代の北円堂内陣を奇跡的に再現している点にあります(東京国立博物館配布パンフレットより)。

画像の説明:運慶 祈りの空間―興福寺北円堂 東博正面左側ののポスターより(四角補正あり)


本展の図録に寄稿した児島大輔氏(東京国立博物館)によれば、かつて仮金堂に安置されていた四天王像は、本来、南円堂の四天王であったことが明らかになりました。これにより、仮金堂にあった四天王像は南円堂へと移され、その結果、玉突き的に南円堂の四天王像が、かつて北円堂に安置されていた運慶作の四天王である可能性が高いことが指摘されました。したがって、今回の特別展では、かつて北円堂に祀られていた運慶作の諸仏が、一堂に再び集うかたちとなりました。
これらの四天王は、現在中金堂安置ですが、今後は、北円堂に祀られることになるかもしれません。

現在の北円堂に安置されている四天王立像は、木心乾漆造による国宝であり、堂内の他の諸仏よりも古い平安時代の初期の作です。一方、運慶による四天王像は鎌倉時代の作で、寄木造を基調とし、内刳りを施すなど、技法上にも明確な時代差が見られます。
興福寺はその長い歴史の中で、度重なる戦乱に巻き込まれ、堂宇の焼失や再建を繰り返してきました。そのため、仏像がその都度、他の堂に移されることがあり、安置の際、混乱が生じたと考えられます。今回の展示は、そうした歴史的経緯を背景に、運慶の「祈りの空間」を再構成する意義深い試みといえる思います。

画像の説明:左またはした:興福寺北円堂 右または上:興福寺南円堂

なお、北円堂と南円堂は、興福寺の西端(近鉄奈良駅側)において近傍しています。両堂ともに八角円堂として優れた建築で知られますが、南円堂は江戸時代の改修によって大きく形が変わりました。ちなみに、日本では木造建築において円形の堂を構築するのは難しく、八角形の構造をもって「円堂」と称してきました。

  北円堂 南円堂
創建年 養老5年(721)
藤原不比等の一周忌に合わせ建立
弘仁4年(813)
藤原冬嗣が父・藤原内麻呂の菩提のため建立
創建者・発願 勅命下達は元明・元正天皇、長屋王に造営命令という伝承 藤原氏の追善施設として 藤原冬嗣(藤原北家)一族の追善堂として
現在の建物 鎌倉初期の再建(1208–1210頃)国宝 江戸中期の再建(1741–1789)重文
形式 八角円堂(北側) 八角円堂(南側)
/西国三十三所第9番札所
本尊・主要尊 本尊:弥勒如来坐像(国宝)/脇侍:無著・世親立像(国宝、運慶作)/
四天王像は歴史的に遷座・再配置(*)
本尊:不空羂索観音坐像(多臂)/
四天王像ほか(堂内安置は時期により移動・展示替えの経緯あり)
公開状況 年数日の特別開扉(春秋など) 毎年10月17日が年1回の特別開扉として著名
造形の印(ざっくり) 鎌倉復興期の均整・量感が明快で、意匠も引き締まる 江戸中期再建のため装飾・彩色が比較的豊かで柔らかい印象

(*)本来は大安寺のもので、延暦10年(791年)に造立されたという。

中金堂には、本来北円堂に祀られるはずの四天王像が、現在は祀られています。

画像の説明:興福寺中金堂(平成30年(2018年)再建落成)と工事中

2025年11月01日