九品仏浄真寺
東京・世田谷の閑静な地にある浄真寺は、延宝六年(1678)、浄土宗の僧・珂碩上人によって開かれました。通称「九品仏(くほんぶつ)」と呼ばれるのは、阿弥陀如来の前で説かれる「九品往生」の教えに由来します。
寺の中心には三つの阿弥陀堂が一直線に並び、中央を上品堂、右を中品堂、左を下品堂と呼びます。それぞれ三体ずつの阿弥陀仏を安置し、あわせて九体が並ぶ構成は全国的にも稀有です。しかも、この呼び方には大きな特色があります。たとえば上品堂には「上品上生・上品中生・上品下生」の三尊が祀られていますが、一般には「上品上生・中品上生・下品上生」と表すのが通例です。浄真寺では、上品・中品・下品を「手の位置の違い」、上生・中生・下生を「印相の結び方」と解釈しているため、他の寺院とは呼び方が異なっているのです。ここに、九品仏浄真寺ならではの信仰上の工夫を見ることができます。

一方で、同じく「九体仏」で知られる京都・浄瑠璃寺の場合、九体の阿弥陀如来はすべて上品上生の印相を結び、手の形の違いはありません。経典そのものにも印相の差異は説かれておらず、「九品=往生の九段階」という思想にとどまります。したがって「手の形の違い」は後世に加えられた造仏の工夫であり、とりわけ平安末期以降に広まったと考えられています。しかしそれは単なる後付けではなく、「下品下生であっても必ず救われる」という浄土信仰を、武士や庶民に分かりやすく示すための必然性を持っていました。理念的に全員を上品上生とする浄瑠璃寺に対し、九品仏浄真寺は衆生の差異を写実的に表しつつ、すべてを救う阿弥陀の誓願を際立たせているといえるでしょう。
九体の仏像は江戸時代以来三百数十年を経て、現在大規模な修繕が進められています。2014年から順次解体修理が行われ、すでに五体の修繕を終えました。残る四体と本尊の釈迦如来はこれから修理に入る予定で、すべてが完了するのは2034年とされています。なお、現在(2025年8月)、上品堂は耐震工事のため閉ざされており、堂内の仏像を拝むことはできません。修繕と保存の営みそのものが、寺の歴史を未来へつなぐ姿ともいえるでしょう。
さらに、この寺を語るうえで欠かせないのが「二十五菩薩来迎会(らいごうえ)」です。通称「お面かぶり」と呼ばれるこの法会は、開山・珂碩上人の臨終の際、二十五の菩薩が阿弥陀如来とともに来迎したと伝える姿を再現するものです。華やかな菩薩面をつけた人々が練り歩く光景は、上品上生の阿弥陀如来に導かれる浄土への往生を、いまに生き生きと伝えています。九品仏浄真寺は、このように伽藍や行事を通して「どのような人でも必ず救われる」という浄土信仰を体現していると思います。

画像の説明:左又は下 次回のお面かぶりの案内の看板
右又は上:25体の菩薩が来迎し、極楽浄土に連れて行く様子をイラスト風に再現した「二十五菩薩来迎会」の様子(チャットGPTにより作成)
追記: 本ブログでは、浄瑠璃寺に関しまして2025年5月にアップしました。この際、九体仏浄真寺の「手の位置の違い」、「印相の結び方」による解釈の違い、また別に「九体仏」と「九品仏」の違いを誤解しているのではないか等の指摘を戴きました。つきまして、今回はこの点を重点的にまとめて、アップしました。
➜浄瑠璃寺へリンク(2025年5月)
➜以前の九体仏浄真寺へリンク(2018年4月)
追記2:
九体仏浄真寺仁王門:大仏様の軒下と木鼻の組合せは珍しい。左右に金剛力士像が安置される。楼上に阿弥陀如来と二十五菩薩像が安置されているとのことです。