安楽寺(長野県上田市)
安楽寺は、鎌倉建長寺の開山蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)と親交のあった槽谷惟仙(しょうこくいせん)が宋から戻って開山となりました。13世紀末頃の事と考えられています。当寺の縁起には、慈覚大師円仁による創建伝説が残るそうですが、明確な記録としては、槽谷惟仙以降というのが確かなようです。
安楽寺に残る平面八角三重塔は、国宝、木造としては日本唯一です。総高は、18.8m、軒下には上層は詰組、一層柱間にも斗供が施されていますし、軒下の横柱の端には、木鼻が装飾されています。また、最下層の窓には弓欄間が装飾されています。(➡円覚寺舎利殿(禅宗様建築)へジャンプ)

画像の説明:左又は下 安楽寺三重塔全景 右又は上 安楽寺三重塔軒下
軒下の尾垂木は、禅宗様の特徴の扇垂木を二段に組みますが、殆ど水平です。屋根は杮葺き(こけらぶき、*)で、屋根の厚みと傾きを出しています。内部は公開されていませんが、大日如来像が安置され、禅宗様式の鏡天井が施されているそうです。
わが国には、木造八角三重塔は、当塔のみしか残りませんが、槽谷惟仙が宋から持ち帰ったか、或いは、鎌倉に根付いていた禅宗様様式が基本にあることは間違いありません。
中国では、八角形の塔は、今も何点か残っていますが、残念ながら木造という範疇に限れば現存しないと思います。添付写真は、現存する煉瓦(レンガ)造りの八角形の塔の例です。
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開封の鉄塔は、開封にあります。北宋時代の皇祐元年(1049年)に建造されました。レンガ造りですが、慣習的に鉄塔と呼ばれています。写真を見て戴くとおわかり戴けると思いますが、結構細部にまでこだわっていて、軒下に斗供や垂木が見えています。もちろん構造材ではありません。
開封は、北宋の首都(当時の呼び名は汴(べん))の事で、槽谷惟仙が留学したのもおそらく開封であり、開封のこの様な塔を見ながら修行に励んだのではないかと想像しています。
安楽寺八角三重塔は、見た目では、四重に見えますが、最下層は、裳階です。これは、解体修理時の資料でも明らかですが、最下層の屋根は、壁に取り付けられており、構造材ではありません。
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杮(こけら)葺きは、檜、槙等の薄板で屋根を葺く事です。柿(かき)とは字が違うので注意してください。
杮(こけら) 柿(かき)