増上寺と寛永寺(&上野東照宮)

 増上寺と寛永寺は、いずれも徳川将軍家の菩提寺(*1)です。寛永寺が、江戸の町の鬼門(*2)、増上寺が裏鬼門(*2)を警固する寺院ということで、二寺が対で語られることが多いと思います。しかし、この二寺は、創建の経緯も菩提寺となった経緯もかなり違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像の説明:左又は下 増上寺本堂 東京タワーと共に          右又は上 旧寛永寺五重塔

 

 

 増上寺は、伽藍構成の基本軸として本堂―三門―大門が東西方向、つまり北上する旧東海道(現在の日比谷通り)に面して設定されており、「江戸の町の裏鬼門の警固」は、創建時には想定されていないと思います。
 寛永寺は、山号を東叡山と言われるように、京都の鬼門塞ぎを意識し建立された比叡山延暦寺の影響を受けており、創建時より鬼門塞ぎが目的だったことは明らかです(*3)。同時に、京都の町を意識して、不忍池は琵琶湖、池に浮かぶ弁天は竹生島弁天、清水観音堂は清水寺が写されたと言われています。

 画像の説明:左又は上 増上寺三解脱門(本堂側より) 右又は下 寛永寺清水観音堂

 増上寺三門は、正式には、三解脱門と言います。この門をくぐると、3つの煩悩(貪り、怒り、愚かさ)から解脱できるとされます。1622(元和8)年の再建で、増上寺の初期の伽藍建築を伝えています。都内で戦災を免れた貴重な建造物で、重要文化財に指定されています。内部には釈迦三尊像が祀られているそうですが、拝観はできません。

 寛永寺の五重塔は、1639(寛永16)年の再建、九輪を含めた高さは、36.6m。都内に現存する江戸時代の五重塔は、当塔と池上本門寺(➡当ブログ内でジャンプ)の2塔のみとなっています。現在は、上野動物園内にあり、近くで仰ぎ見たい場合は、動物園の入場料が必要です。説明書きでは、旧寛永寺五重塔と記載されていますが、現状、東京都の管理になっているため、「旧」と付けられているようです。

画像の説明:上野東照宮

 上野東照宮は、1627(寛永4)年創建、寛永寺のすぐそばに鎮座します。徳川家康、吉宗、慶喜を祀ります。本殿・弊殿・拝殿(合せて1棟)及び唐門は重要文化財です。東照宮と言えば、日光東照宮や久能山東照宮等が有名ですが、上野東照宮もそれに劣らない知名度でしょう。

 

 

 

 

 

*1:菩提寺は、お墓のあるお寺のことです。
 増上寺には、2代秀忠・6代家宣・7代家継・9代家重・12代家慶・14代家茂、寛永寺には、4代家綱・5代綱吉・8代吉宗・10代家治・11代家斉・13代家定が埋葬されています。なお、初代家康、3代家光は日光、15代慶喜は神式で埋葬されています。

*2:鬼門、裏鬼門 鬼門は「北東」、裏鬼門は「南西」の方角のことで、主に、陰陽道の影響により、不吉な方向とされます。

*3:実際には、寛永寺は、江戸の北北東に当ります。選定にあたっては、方角だけではなく、比叡山に比定して、上野山等の「山」も考慮されたと考えられます。

2024年03月03日